野武由佳璃

2011年3月11日から10年

指五本かざす空四つ春隣
廃炉とは夏の祭りの遠き音

 神は言葉を持って天地を創造したというが、我々人間は言葉を持って科学を進めて神に近づいていった。様々な記号の羅列。新幹線や航空機のスピードは古代の人々の想像を超えたものだと思う。
 小さな試験管の中で蠢く胎児や、遺伝子まで組み替える技術まである。原子力は明るい未来のエネルギーだったはずだし、平和の名の下にあれだけの原子力発電所が作られていた。 これまでの石油や天然ガスとは違うクリーンエネルギーという話も今では違和感を感じざるを得ない。
 巨大地震と大津波が去った後にフクシマの原発事故は確実に起こり、白煙を上げ天井を失ったコンクリートの建物は哀しげな姿を露呈した。 それは羽根を失い墜落する天使のようにも感じられた。高濃度の放射線は福島の土地を汚染し、近隣に住む人々を被曝させたはずだ。
 2017年4月18日 夜ノ森に吹雪く桜の美しきかな。立ち入り禁止区域になってしまった夜ノ森を脱原発の会会員さんたちと車で巡る。人を失ったその街は満開の桜を見るものがいない。皆で避難した時のまま時間が止まっている。屋根が崩れ、傾いた家。錆びた自動販売機。田畑の上に積まれた黒いビニール袋がある。いまだ除染作業中だった。請戸海岸はすっかり水が引いていたが、もう誰も住む者はいない。かろうじて残る家の一階は柱を残すだけになっている。ふと、目をやると花束がそなえてあった。高台に被災者の名を入れた記念碑が作られていた。果てしない青空は哀しみをたたえていた。
 2018年3月31日 作家の志賀泉氏、詩人の森川雅美氏と福島を訪ねる。小高の神社の枝垂れ桜が美しかった。コンビニエンスストアが夜8時くらいに閉まるのに驚いた。 翌日被曝牛をそのままずっと飼い続ける希望の牧場を訪ねる。黒い牛の体には斑点が白く現れすでに肉牛としての行き先を失っていた。この周りの牧場はほぼ廃業した話を聞いた。
 2018年5月29日 浪江の幼稚園のアスナロ幼稚園の園長先生の話を伺う。子供達の遊具が残る。彼女は地震の後片付けをしていた。子供達の帽子や可愛い布袋はその日のままぶら下がる。庭には雑草が生えていた。果たして幼稚園を再開して園児はどれくらい戻るのであろうか。難しい問題だ。 

浪江町請戸海岸の慰霊碑
津波で流されずに残ったが枯死した 2017年4月18日撮影